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茶入と棗:茶道具を知る

 

茶道では抹茶を飲みますが、このときはドロリとした濃い抹茶である「濃茶(こいちゃ)」とサラサラとして飲みやすい「薄茶(うすちゃ)」があります。抹茶は粉末であり、それぞれ「濃茶用の抹茶」や「薄茶用の抹茶」と分かれています。

 

そして、これらを入れるための道具が存在します。濃茶用の抹茶を入れる道具を茶入(ちゃいれ)と呼び、薄茶用の抹茶を入れる道具を棗(なつめ)と呼びます。

 

   
 ・左:茶入  右:棗

 

 格の高い茶入
あらゆる茶道具の中でも、最も高価な道具として茶入(ちゃいれ)が知られています。これには、それまでの歴史が大きく関係しています。

 

安土・桃山時代(1573~1603年)は日本各地で毎日のように戦争が行われていた時代であり、戦国時代ともいわれています。このときに日本を統一した人物として、豊臣秀吉が知られています。

 

秀吉は家来に対して、戦争などで成果を出した人に褒賞を与えるようにしていました。戦争での功績によって、闘いを仕掛けた相手から奪った土地を与えていたのです。

 

ただ、日本の土地は限りがあります。領地が無限に存在するわけではないため、あるときから「褒賞として与える土地がなくなる」という事態に陥るようになりました。そこで目を付けたのが茶道でした。

 

当時の日本では、武士の間で茶道が盛んに行われていました。茶道を行うための道具には、高価な値段がつくものもあります。そこで秀吉は、土地ではなくて茶道具として用いられる茶入を褒賞として与えることを行ったのです。

 

つまり、茶入が国と同等の価値をもつ物として扱われました。茶入の中には、何億円もの値段がつくこともあります。これは、茶入が土地にも代わるくらいの品物だったからなのです。

 

こうした「土地の代わりに茶入を与える」という風習は長く続けられました。そのため、現在でも茶道具の中で最も上位に当たる道具は唐物茶入(中国製の高価な茶入)です。

 

茶入はまったく同じものがこの世に存在しません。また、自分の身に何かあったときに土地を持って逃げさせることはできないにしても、茶入であれば妻や子供に持たせて逃げさせることができます。

 

また、高名な茶入を誰が持っているか周囲に知られていたため、他の領地に逃げたときにどこの人間であるのかに関する証明にもなります。そういう意味では、当時の人にとって茶入は重要な存在だったといえます。

 

 薄茶を入れる棗
濃茶用の抹茶を入れるのに対して、薄茶用の抹茶を入れる道具が棗です。その形が植物の棗に似ていることから、その名前が付けられています。

 

薄茶を入れるための道具を薄茶器といいます。そのため、棗は薄茶器の総称として用いられることもあります。

 

茶入は褐色の陶器であることが多く、棗は漆器である場合がほとんどです。本来、棗は黒塗りのシンプルなデザインでしたが、次第に金を用いて装飾を施すなど豪華になっていきます。そして現在では、さまざまな形の棗が活用されています。


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