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薩摩(鹿児島)といも焼酎の歴史:さつまいも

 

日本で焼酎といえば、沖縄で作られる泡盛や九州地方で飲まれる焼酎が有名です。九州地方の一つに薩摩(鹿児島県)があり、この地域での焼酎といえばいも焼酎が有名です。

 

ただ、焼酎が伝わってきたとき、薩摩では最初からいも焼酎を造っていたわけではありません。もともとは米焼酎などが飲まれていました。

 

1546年に薩摩に来たポルトガルの商人であるジョルジェ・アルバレスは、「日本人が米から造るオラーカ(蒸留酒)を飲んでいた」と記載しています。このことからも、薩摩でいも焼酎は主流でなかったことが分かります。

 

 さつまいもの伝来
先に記したような文献記録もあり、16世紀の初頭には米焼酎が楽しまれていたと考えられています。芋を原料として焼酎が薩摩でメインになるのは、ここから150〜200年後になります。

 

もともと、さつまいもは中南米が原産です。これがヨーロッパへ伝わり、インドやフィリピンを経由して琉球(沖縄県)へと栽培方法が伝えられるようになりました。

 

薩摩へさつまいもが伝わったのは、1705年であるとされています。さつまいもを琉球から薩摩へ持ち帰った人物を利右衛門(りえもん)と呼び、彼はさつまいもの栽培方法を研究しました。そして、その苗や種を周りの農民たちに渡していったのです。

 

薩摩の地域の土地はシラス台地と呼ばれ、これは火山灰の噴火によってできた台地を指します。このような土地では水通しが良いため、水を溜めなければいけない稲作には不向きです。また、台風が何度も訪れる地域であるため、稲が倒れてしまって作物にならないことも問題の一つでした。

 

一方、気候は温暖であり、水はけが良いという特徴をもつ土地であることから、さつまいもの栽培に適していました。そこからさつまいもの栽培が広まるようになり、これによって薩摩に住む多くの飢餓が救われたといわれています。

 

 日本酒ではなく、薩摩では焼酎が発展する
琉球(沖縄)や薩摩(鹿児島)では、日本酒よりも焼酎の生産が盛んです。鹿児島県では土地の性質上、米が育ちにくいのでこれは仕方のないことでもあります。日本酒は米を原料とするため、稲作に向かない薩摩地方は不利だったのです。

 

ただ、さつまいもの生産が盛んになるにつれて、薩摩地方ではいも焼酎が盛んに製造されるようになりました。

 

じゃがいもなどと比べて、さつまいもは傷みやすいです。芋の鮮度や品質が良いほど、上質な焼酎ができるとされています。そのため、さつまいもの収穫は「焼酎の仕込みを行う前日」か「当日の朝」に行われます。

 

ここから、傷んだり変色したりした芋を取り除きます。また、芋のヘタを切り落とすことも行われます。芋のヘタは苦味や臭みの原因となるため、あからじめ取り除いておくのです。

 

こうした作業を行うことにより、焼酎の風味を良くしていきます。いも焼酎は独特の香りや風味を有するため、鮮度の高い芋を用いることで品質を高めることが重要な要素であるといえます。


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