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壱岐(長崎県)と大分県の麦焼酎

 

焼酎の原料は芋や米などさまざまです。それらの焼酎の中でも、麦焼酎は多く飲まれているお酒の一つです。クセが少なくすっきりとした味わいから、たくさんの人に支持されているのです。

 

麦焼酎では、長崎県の壱岐島(いきのしま)や大分県で生産される焼酎が有名です。特に、壱岐焼酎は一つのブランドとして確立されています。

 

 壱岐から始まる麦焼酎
日本で造られている麦焼酎は壱岐島から始まったとされています。壱岐島は朝鮮半島に近いこともあり、日本と朝鮮半島(または中国大陸)を繋ぐ中継地として発展してきました。

 

壱岐は温暖な気候であり、米作りに適した土地です。ただ、当時は米を税金として納めており、重い税金のために米ではなく麦を主食としていました。そこで、焼酎造りも同じように麦を活用し、江戸時代(1603〜1868年)には自家製の焼酎が造られていました。

 

16世紀には焼酎造りが行われていたとされており、古い歴史をもちます。そのため、琉球泡盛や球磨焼酎と同じように、「壱岐焼酎」という地名ブランドをつけることが許されています。これは、ワインのボルドー地方やブランデーのコニャック地方と似たようなものです。

 

壱岐焼酎では、麦焼酎を造るときに米麹を活用することが大きな特徴です。麹(こうじ)はデンプンを糖に変換する原料であり、このときの麹造りに米を使用するのです。

 

米麹に対して、主原料である麦はその2倍の量を加えます。これに島の水で仕込むことで発酵させ、米と麦の香りを凝縮させた焼酎になります。こうした過程を経て、伝統的な製法によって造られた酒だけが壱岐焼酎と名乗ることができます。

 

 大分県の麦焼酎
特有のブランドをもつ長崎県の壱岐島ですが、同じ九州地方にある大分県も麦焼酎の産地として知られています。大分県は米や麦の生産が盛んであり、日本酒(清酒)が多く造られていました。

 

日本酒を造った後は、酒粕と呼ばれるものが残ります。酒粕にはアルコールが残留しているため、これを活用して焼酎の製造が行われていました。

 

ただ、1973年に二階堂酒造という酒蔵が麦麹を開発したことから、大分県の焼酎造りが変貌しました。壱岐焼酎では米麹を使っていましたが、麦を活用した麹を利用して「麹や原料を含め、麦100%の焼酎」の製造に成功したのです。

 

さらに、麦焼酎では真空に近い状態で蒸留する「減圧蒸留」が取り入れられています。減圧蒸留では原料の香りが薄くなるものの、すっきりとした味わいになります。

 

焼酎といえば、特有の香りに苦手意識をもつ方が多いです。ただ、減圧蒸留による麦焼酎の登場により、軽やかな味をもつ焼酎を世に送り出すことが可能になりました。そこから、日本では広く焼酎が飲まれるようになったのです。

 

ただ、原料の風味が薄くなり過ぎると、水にアルコールを加えただけのような飲料になってしまいます。そこで現在では、昔ながらの常圧蒸留(通常の圧力下で行われる蒸留)によって、麦がもつ本来の香りをもった焼酎も再評価されています。


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