日本伝統文化スタイル - 伝統工芸品や日本文化のポータルサイト

縄文時代から始まる日本酒の歴史と誕生:口噛み酒

 

日本で酒の文化が始まったのは、縄文時代(14000 BC頃~300 BC頃)だとされています。それ以前の旧石器時代(~14,000 BC頃)では、ドングリを拾ったり獣を狩ったりして生活をしていました。

 

そのため、旧石器時代では酒の文化はなかったと考えられています。

 

そこから縄文時代に入ると、土器が作られるようになります。縄文時代に作成された日本の土器としては、縄文土器が有名です。土器の開発により、ようやく酒文化が始まります。

 

 食物を蓄える土器
土器ができると、その中に食物を溜めることができるようになります。つまり、保存が可能になります。また、その中に水を入れたり、火を焚いて煮たりすることも可能です。こうした道具の開発から、かつての生活に比べて飢えを凌ぎやすくなったと考えられます。

 

さらに、縄文時代に作られた土器を遺跡から発掘して調べてみると、山ブドウの種が入っていたことが分かっています。

 

ブドウから造られるお酒といえばワインです。そのため、日本で最初に飲まれたお酒は日本酒ではなくてワインであったとされています。土器の中でブドウが自然発酵してアルコールに代わり、ワインになったというわけです。

 

日本酒は米を原料にして造ります。そのため、当然ながら稲作が伝わる以前に日本酒は存在しなかったと考えられます。つまり、自然の中に生えている山ブドウを使った酒の方が先に飲まれていたと推測できるのです。

 

そこから紀元前500~1000年前になると、ようやく稲作が伝わるようになります。米を作る文化の始まりです。こうして、中国大陸または朝鮮半島から稲作が伝来すると、ようやく日本酒造りが行われるようになりました。

 

また、弥生時代(300 BC頃~250 AD頃)は急速に文明化が進んだ時期でもあります。

 

このころに青銅器や織物、焼き物が伝わります。大陸から文明が伝わることで、それまで狩りを行っていた移住生活から、稲作をして道具を使った定住生活へと変化していきます。

 

このように文明が伝わるのが大陸からであることから、酒の発展も中国や朝鮮半島に近い場所になります。具体的には、日本の中でも北九州(福岡県など)や山陰地方(島根県など)、近畿地方で酒造りが開始されたといわれています。

 

3世紀に中国人によって書かれた魏志東夷伝(ぎしとういでん)でも、「日本人が酒をたしなんでいた」という記述があります。そのため、この頃から酒に親しんでいたことが分かります。

 

ただ、魏志東夷伝に書かれていた「酒」というものが、どういった酒であるかまでは分かっていません。日本酒かもしれませんし、ブドウを発酵させたワインだったのかもしれません。

 

そこから、米を用いて酒が造られたという記述のある書物が確認されるのは、魏志東夷伝から500年も経ったときのことです。つまり、この時代に稲作が盛んだったことは間違いないものの、本当に日本酒が作られて飲まれていたかどうかまでは分かっていません。

 

 口噛み酒の登場
ブドウには糖が含まれているため、ワインを作る場合はそこに酵母を発生させれば良いです。これにより、発酵が進みます。

 

しかし、米には糖がありません。そこで、まずは米に含まれるデンプンを糖に変換する必要があります。日本酒造りでは、この過程に麹菌(こうじきん)を用います。ただ、その当時に麹菌を用いた技術は存在しません。

 

そこで、唾液を利用します。唾液にはデンプンを分解して糖へと変える作用が知られています。そこで、生の米を口に含んで噛み、それを容器に吐くという作業を繰り返したといいます。これを放置すると発酵が進み、酒になります。これを、口噛み酒といいます。

 

酒造りといえば、重労働であることから男性の仕事であると思われがちです。しかし、このころの酒造りは女性の仕事でした。

 

なお、口噛み酒は神事のときなどにも造られていたとされています。このとき、「口噛み」を行うのは巫女が行っていました。これが、「かつては酒造りが女性の仕事であった」といわれている理由です。

 

ちなみに、口噛み酒による酒造りは、アマゾンの奥地などを含めて世界各地に存在しています。このときは米を噛むのではなく、穀物を噛んで発酵させていたとされています。


 スポンサードリンク

サイトマップ
HOME