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庶民に親しまれるようになった漆器

 

日本の歴史の中でも、江戸時代(1603~1868年)は一つの政権で長く安定した時代が続きました。そのため、この頃は日本各地であらゆる伝統文化が発達した時代でもあります。

 

例えば、江戸時代の後半になると、漆器が一般庶民の間にも普及するようになります。それまで、漆を用いた漆器は高級品として高い階級の人たちだけが使っていました。これが、富裕層だけではなく、庶民も使うようになったというわけです。

 

 安い材料を用いて漆器を使う

陶器であれば、長年土に埋もれたとしても掘り返せば姿を現します。ただ、木に漆を塗ることで作られた漆器であれば、土に埋もれると、木の部分が腐って土と同化してしまいます。

 

漆は土の中でもその状態のままで残りますが、掘り出すときに土と混ざってしまうので分かりにくいです。そのため、漆が大量に使用されていたという事実を証明するのは難しいです。

 

さらに、漆を用いた製品は現在でも高価です。これは、何百年も昔でも同じであったと考えられます。そのため、一般庶民の間に漆器が普及したとはいっても、高価な漆製品が爆発的に使用されるようになったとは考えにくいです。

 

それでは、実際はどうだったかというと、この頃の人たちは下地に漆を使うのではなく、柿渋などの代用品を用いて作られた漆器を主に使っていました。漆を用いた下地ほどの堅さはないものの、柿渋を使ったものであってもそれなりの堅さを保つことができます。

 

漆は乾燥などの工程が難しく、触れるとかぶれるために扱いが難しいです。しかし、柿渋ではそのようなこともないため、安く作れて扱いやすい製品として出回ったのです。

 

現在でも、漆だけを用いた高級品の漆器があれば、柿渋の下地や合成樹脂を用いることで作った安価な漆器があります。漆の代替品を活用することで安い漆器を作り、庶民の手に届くようにするという考えは古くから行われていたのです。

 

漆を用いないことによる漆器の大量生産は、7世紀頃の中世には既に行われていました。これが江戸時代になると、さらに一般庶民にも広く楽しまれるようになったというわけです。

 

 各地で発達する漆器
中世の時代には、日本各地で漆器の生産が行われるようになります。これが時代を経て、安定した江戸時代に入ると、それぞれの藩は地元で行われている漆器生産を保護・推奨するようになります。

 

こうして、日本では各地方で特色の違う漆器が作られるようになりました。例えば、その地方でしか取れない材料を用いることで、特有の漆器を作成していることがあります。そして、この頃に漆器が盛んに作られていた地域では、現在でも漆器生産が盛んである場合が多いです。

 

なお、中世に行われていた漆器の生産地が飛躍したのは、この時代であるとされています。このことから、時代の安定が伝統文化の発展に不可欠であったといえます。

 

多くの有名な漆の作家が登場し、芸術品としての漆の価値がさらに高まったのもこの時代です。このように、大きな文化の発展を経て現代に漆の文化が引き継がれています。


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