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会津漆器の特徴と歴史

 

福島県の会津地方で発達している漆器として、会津漆器(あいづしっき)が知られています。会津漆器は安土・桃山時代(1573~1603年)に、当時の会津の領主が産業として推奨したことから発展していきました。

 

このときの領主は、他の領地から漆器作りに関わる職人を呼び集め、会津漆器を制作するための基礎を作ったといわれています。こうした漆器の技術が受け継がれ、現在では会津地方は日本の主要な漆器産地になりました。

 

 会津漆器とは何か
漆器を制作するためには、漆を塗るための木材が必要です。木を削ることで目的とする形に整えるのです。ここに漆を何度も塗り重ねることで、商品としての漆器になります。

 

ただ、漆を塗っただけが漆器ではありません。ここに装飾を加えることで、さらに美しい漆器にしていきます。このように漆器へ装飾を行うことを専門用語で加飾(かしょく)といいます。

 

会津漆器では、多くの加飾が存在します。これらは、金粉で絵を描く「蒔絵(まきえ)」や虹色の貝を付着させる「螺鈿(らでん)」など、漆器で広く行われている手法に留まりません。

 

例えば、漆に油分を混ぜた「花漆(はなうるし)」というものが存在します。花漆は光沢を出すために使われますが、これを塗った後に磨くことをせずに仕上げる手法があります。これを、花塗(はなぬり)といいます。花塗は会津漆器に特徴的な技法です。

 

この他にも、会津漆器では先に紹介した花塗だけでなく、

 

 ・鉄さびを用いて絵を描く「鉄錆塗(てつさびぬり)」
 ・黒漆の上に米のもみ殻を撒いて模様を出す「金虫喰塗り(きんむしくいぬり)」
 ・会津塗りに特有な「会津絵(あいづえ)」

 

などの多彩な装飾が行われています。これらを含めて、漆の栽培から木材の加工、そして漆を塗った後の装飾までを一貫して行うことで発展した産地が会津地方です。

 

江戸時代(1603~1868年)の中期になると、会津漆器は当時の幕府の許可を得て、海外へ輸出されるまでになりました。このときは、長崎から中国やオランダへと輸出されたようです。

 

ただ、江戸時代が終わって新たな時代へと移るとき、幕府側と新政府側による戊辰戦争(ぼしんせんそう)が起こります。このときの戦争で会津漆器は壊滅的なダメージを受けました。しかし、その後に樹立した政府の援助を受けて会津漆器は再び盛り返すようになります。

 

こうした時代の流れを受けて、現在では会津地方は日本有数の漆器産地にまで成長しています。さらに、これら伝統技術に加えて、粘土状の土から成形する「漆粘土」、電子レンジや冷蔵庫などでも活用できる漆器など、新たな開発も行っています。

 

このように、古くからの伝統と新たな技術を組み合わせ、そこに多彩な装飾を施すことで人を魅了する漆器が会津漆器です。


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