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備前焼の窯詰め

 

備前焼を作成するために窯焼きするとき、それをどの場所に置くかによって備前焼の模様が決まるといわれます。これは、場所によって温度や灰の舞い方が異なるからです。

 

備前焼は「土と炎の芸術」といわれます。これは、釉薬を用いずに土がもつ本来の色合いを最大限に引き出した作品が備前焼だからです。釉薬とは、陶磁器の表面に塗られているガラス質のようなものを指します。

 

 備前焼の窯詰め
釉薬を使わないため、備前焼は偶然に左右されます。ただ、それでもある程度の予想をつけることはできます。備前焼には胡麻(ごま)や緋襷(ひだすき)など模様に種類があり、これらを狙って作るのです。

 

例えば、胡麻には「胡麻ができやすい場所や作り方」があります。燃焼室の近くに置くことで割り木の灰がたくさん降りかかると、胡麻ができます。同じように、緋襷を作る際であっても、その方法に従うことで狙った緋襷を作成します。作品にわらを巻いた状態で焼くと緋襷になります。

 

また、備前焼に白色を出す方法、黒色にする方法、赤色に発色させる技など、すべて過去の経験から培われています。

 

こうした計算を行うことで、ようやく備前焼が完成します。いくら偶然性が大きいとはいっても、何も考えずに窯詰めをしていては、あの美しい芸術は生まれないのです。

 

そこで、「窯の中をどのように火が流れるのか」「どの位置に作品を置くのか」「焼き方や温度はどうするのか」などを考えながら窯に備前焼を詰めていきます。窯の中でも、火の通りが良い場所と悪い場所などの違いがあるため、これらを見極めるのです。

 

ただ、どれだけ計算したとしても、計算通りにいかないのが備前焼の面白いところです。予想を下回る場合もあれば、予想外の出来事が起こることもあります。思いもよらない鮮やかな色に巡り合うこともあるため、ここに最大の魅力があります。

 

なお、窯に詰めるときはさまざまな置かれ方がされます。作品同士を重ねたり、壺の中に他の作品を敷き詰めたりとバリエーションは多いです。このような細工をすることで、異なる色合いを出そうと工夫するのです。

 

 時代による備前焼の変化
備前焼は時代によって製法は変わらないものの、その見た目は異なります。これは、時代によって窯の大きさが変化したり、備前焼の模様の出し方が進化したりしたためです。

 

鎌倉時代(1185~1333年)の備前焼は、変化があったとしても胡麻くらいでした。そこから室町時代(1336~1573年)に入ると、重ね焼きをするようになります。重ね焼きは、窯を大きくして効率よく作品を生産するために行われました。

 

さらに、室町時代の後半になると、さまざまな工夫がされるようになります。大量生産のために窯詰めするのではなく、備前焼の変化に富んだ色を出すための詰め方が行われました。先に述べた通り、「壺の中に作品をいくつも入れる」「わらを巻く」「重ね焼きをする」などです。

 

こうして、窯詰めの場所や製法を工夫することによって、備前焼にみられる独特の雰囲気を狙って作れるようになりました。

 

なお、備前焼の中には備前金彩(または、金彩備前)といわれるものまであります。金色の縞模様になって備前焼に表れるのです。他にも、銀色に輝く備前焼もあります。いずれにしても、備前焼に変化を出すために日々新たな製法が試され続けています。


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ギャラリーしょうざん
備前焼の産地である岡山県伊部で、備前最大のギャラリー。また窯元としての誇りと伝統で、備前焼の展示・販売を行う。

備前焼:ギャラリーしょうざん


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