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白備前(しろびぜん):異色の備前焼

 

備前焼は岡山県備前市の伊部(いんべ)で栄えている陶芸品ですが、かつては異色の備前焼が出回っていました。その中の1つが白備前です。

 

備前焼といえば、土色をした独特な雰囲気が持ち味です。しかし、白備前では土色ではなく、全体が白色です。その名の通り、白い備前焼であるといえます。

 

 白備前の歴史
岡山県備前市には、日本で最も古い庶民の学校として旧閑谷学校があります。この学校の瓦を焼くために窯が作られ、この窯を用いて閑谷学校の食器や祭器が作られました。これを、閑谷焼といいます。

 

このころは江戸時代(1603~1868年)であり、備前焼が衰退して苦戦した時期でもあります。備前焼は釉薬(ゆうやく:陶磁器の表面にあるガラス質のもの)を使わないことが特徴であり、素材の味をそのまま活かす焼き物です。ただ、閑谷焼では釉薬が使われていました。

 

閑谷焼をみると、その色も備前焼と異なるものがあります。例えば、白色の陶器が作られていたのです。備前焼の不振から脱却するため、時代に沿った新たな試みが行われていたと考えられます。

 

その後、閑谷焼の影響を受けて、白い土を材料にして、白や透明の釉薬を使った陶器が作られるようになりました。このときの作品としては、置物の他に皿や鉢などが作られています。

 

1710年には岡山藩からの命令により、木村長十郎(きむらちょうじゅうろう)は白磁器の研究を行うために試作を重ねます。翌年からは白備前を焼き、制作を行ったとされています。

 

このときの作品は藩の贈与品として活用されました。一般の方に渡った白備前としては、傷がついているなどの作品しか手にできなかったとされています。ただ、このような支援は数年で終わり、後は備前市伊部にいる陶工によって細々と作られるようになります。

 

なお、その後の研究によって、釉薬を用いなくても白色を出せるようになりました。ただ、時の流れと共に白備前は消えていきます。

 

しかしながら、作家によっては今でも白備前を作っている方がいます。備前焼の性質はそのままに、土色ではない白色をした異色の備前焼を現在でも楽しむことができます。ちなみに、白備前の製法は作家によって異なります。


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ギャラリーしょうざん
備前焼の産地である岡山県伊部で、備前最大のギャラリー。また窯元としての誇りと伝統で、備前焼の展示・販売を行う。

備前焼:ギャラリーしょうざん


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