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彩色備前(さいしきびぜん)

 

備前焼は鎌倉時代(1185~1333年)から始まる、古い歴史があります。安土・桃山時代(1573~1603年)にはお茶の文化で栄華を極め、全盛期を迎えます。

 

ただ、江戸時代(1603~1868年)に入ると、その勢いは衰えていきます。江戸時代中期では土色の備前焼ではなく、きれいに装飾されている他の美しい陶磁器がもてはやされるようになりました。こうした苦しい時代に生まれた異色の備前焼が彩色備前です。

 

 彩色備前の歴史
備前焼は土をそのまま活かした製法で作品を作り上げます。ただ、そのような備前焼の特色が、かえって当時の人にとっては古臭さを感じさせるものになりました。

 

備前焼が売れない時代になり、このころから通常の備前焼とは異なる陶器が焼かれるようになりました。このような備前焼として、白備前や彩色備前があります。白備前では、白土などを用いることで白色の備前焼を作成します。現在では、当時とは異なる方法で白備前を作成している作家もいます。

 

また、備前焼に岩絵の具(日本画の顔料)で絵を付け加えた彩色備前も作られるようになります。焼き色だけで表現する備前焼の中でも、彩色備前はかなりの異端児であるといえます。

 

これら彩色備前は藩が抱えている絵師によって描かれ、備前市伊部にいる陶工たちによって焼かれていました。一般には一切出回ることはなく、あくまでも藩へ献上するための作品として作られ続けました。

 

彩色備前が最初に作られたのは1715年といわれており、そこから20年程度で藩による関与は終わりました。どれも型を押し当てることで彩色備前が作られていましたが、その後も細々と制作されていきます。ただ、時間経過と共に作品は粗雑になっていきました。

 

備前焼とは異なるため、こうして彩色備前はしだいに忘れられていきます。

 

現在では、少数の作家が彩色備前を制作しています。備前焼とは大きく雰囲気や見た目が異なりますが、初期に作られた名品の彩色備前のような作品も焼かれています。


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ギャラリーしょうざん
備前焼の産地である岡山県伊部で、備前最大のギャラリー。また窯元としての誇りと伝統で、備前焼の展示・販売を行う。

備前焼:ギャラリーしょうざん


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