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伊勢﨑淳(いせざきじゅん):備前焼の人間国宝

 

伊勢﨑淳((1936年~)は岡山県備前市伊部(いんべ)出身の日本の陶芸家であり、人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定された人物です。

 

これまでの備前焼の人間国宝たちが鎌倉時代(1185~1333年)や室町時代(1336~1573年)、安土・桃山時代(1573~1603年)の再現を行っていたのとは対照的に、伊勢﨑淳が目指したのは現代風の革新的な備前焼でした。

 

 伊勢﨑淳という人物
伊勢﨑淳の父親は、備前焼で岡山県重要無形文化財保持者に指定されていた伊勢崎陽山です。伊勢崎陽山は備前焼を焼くときの古い窯を研究するため、山の散策を行っていました。

 

このとき、伊部の町にある姑耶山(こやさん)に中世に築かれた古い窯を発見します。これは、1959年の出来事です。

 

中世の古窯は、斜面を利用した半地下式の窯(半地下式穴窯:はんちかしきあながま)でした。丘の斜面を堀り、その上を土で覆うことで備前焼を焼く窯にしていたのです。半分地下に埋もれていることから、半地下式穴窯といわれます。

 

陽山が発見した古窯は12メートルもある半地下式穴窯であり、この復元を行いました。このときは、陽山の長男である満と次男の淳が手伝います。

 

当時、伊勢﨑淳は岡山大学教育学部の特設美術科を卒業しており、備前高校の美術教員として働いていました。

 

そして、その翌年の1960年には、備前で初めて半地下式穴窯の復元に成功します。その後、復元した窯の研究を重ねて、1962年には兄と共に古代の穴窯で初めて焼き締めを行い、成功します。

 

このように備前焼の古い技法や歴史を探し求める中で、実際の作風は異なり、現代美術の感性を取り入れた先進的な作品への取り組みを行っています。古い中に新しい風を吹き込もうとしたのです。

 

その作品をみると、伝統的な茶器があれば彫刻風のオブジェまで幅広いです。今までの備前焼になかった革新的なデザインを発表し、伝統と革新が混ざった創造的な作品が伊勢﨑の最大の特徴です。

 

そして2004年、伊勢﨑淳は備前焼として5人目になる、人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されます。


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ギャラリーしょうざん
備前焼の産地である岡山県伊部で、備前最大のギャラリー。また窯元としての誇りと伝統で、備前焼の展示・販売を行う。

備前焼:ギャラリーしょうざん


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